金融業界ではもう10年以上にわたって、人工知能(AI)と機械学習(ML)が引受業務の改善や詐欺防止システムの強化などに幅広く利用されている。大規模言語モデル(LLM)に基づく生成AIによって飛躍的な進歩が可能になり、教育ゲームコマースのあり方そのものまで変わってきた。これまでは既存のデータから予測したり分類することが主なAI/MLの使い道だったが、生成AIを使えばこれまでにない新たなサービスを生み出すことができる。

大量の非構造化データ(データベース化されていないデータ)を学習できるLLMにほぼ無限の計算能力が加わることで、金融サービス市場の姿はここ数十年なかったほどにガラリと変わる可能性がある。金融業界はこれまでインターネット、モバイル、クラウドなどのプラットフォームの取り入れには遅れを取ってきたが、今回は新興の優良企業も既存勢力も、喜んで生成AIを取り入れるだろうと私たちは考えている。

金融サービス企業にはこれまでに膨大な量の金融データが蓄積されている。このデータをLLMに学習させ調整を加えれば(または、BloombergGPTのようにゼロから訓練すれば)、金融に関するどんな質問にでも一瞬で答えを出すことができるようになる。たとえば、顧客チャットやプロダクトの仕様データを次々とLLMに学習させれば、その企業のプロダクトに関するすべての質問に即座に答えることができるようになるはずだ。また、10年分の「疑わしい取引報告(SAR)をLLMに学習させれば、マネーロンダリングらしき取引群を特定できるようになる。金融サービス業界は、生成AIを利用することで次の5つの目標を達成できると確信している。顧客体験のパーソナル化、業務のコスト効率の改善、コンプライアンスの向上、リスク管理の改善、そしてダイナミックな予測と報告である。

スタートアップに比べて、既存大手は当初は優位に立てるだろう。独自の金融データを所有しているため、AIを使って新しいプロダクトやサービスを立ち上げ、業務も改善できるからだ。しかし、精度と情報保護について高い基準が求められることが、いずれ既存大手の足かせになる。一方で、新規参入組は、はじめのうちこそ誰にでも手に入る金融データを使ってモデルを学習させなければならないが、すぐに自分でデータを生成できるようになり、AIを使って新しいプロダクトやサービスを市場に打ち出せるまでに成長するだろう。

既存大手とスタートアップがどのように生成AIを使って上に記した5つの目標を達成できるかについて、もう少し詳しく見ていこう。

顧客体験をパーソナライズ化

ここ10年で消費者向けフィンテック企業は大成功を収めてきたが、彼らが夢見た大望はまだ実現されていない。その夢とは、人間を介さずに、顧客の収支と資産を最適化することである。この夢が実現できない理由は、今のユーザーインターフェースでは、お金の判断に影響を与える人的な文脈をきちんと取り入れることができなかったり、損得勘定を適切に行えるように人間を助けるようなアドバイスや商品推奨ができないからだ。

あやふやな人的文脈の大切さを示す好例として挙げられるのが、お金に余裕がない時にどの支払いを優先するかの判断だ。そうした判断に際して、人は名と実の両方を考えがちだ。そして、この2つの要素が絡み合っているために、顧客が最適な判断を下せるような体験を生み出すことは非常に難しい。だから、人間を介さなければ最適な金融アドバイスをなかなか提供できない。Credit Karmaのようなサービスは、顧客の目標とする場所まで80%くらいはたどりつけても、残りの20%で谷を越えられず顧客の信頼を失ってしまう。それは、文脈を捉えようとしてもその範囲が狭すぎたり、正確さに欠けたりするからだ。

同じような欠点が今の資産管理や税務申告にもある。資産管理において、フィンテックのソリューションは人間のアドバイザーに敵わない。たとえそのフィンテックのソリューションが特定の資産クラスや戦略に特化していても、人間を超えられない。なぜなら人というものはその人固有の希望や夢や恐れに大きく左右されるからだ。このことが、これまで人間のアドバイザーがほとんどのフィンテックシステムよりもクライアントに合わせたアドバイスを提供できている理由である。税務申告を見てみると、今はソフトウェアの助けがあってもアメリカ人全体で税務に60億時間以上を費やし、1200万個ものミスを犯し、収入を省いたり、仕事関係の旅行のような経費にできるものを気づかずに申告せず損をしている。

こうした問題に応えるシンプルなソリューションを提供するのが大規模言語モデル(LLM)である。LLMならお金に対する人間の判断をより正確に理解ししたがってより上手に人を導くことができるからだ。LLMを使ったシステムなら、質問に答え(「なぜ地方債をポートフォリオに組み入れるのか?」)、トレードオフを見比べ(「期間リスク対利回りをどのように考えるべきだろう?」)、人の個別の事情や背景を意思決定に組み込むことが可能になる(「老いた両親の生活を先々支えられるような柔軟性のあるプランを作れるか?」)。こうした機能によって、消費者向けフィンテックはこれまでの高価値であっても利用場面が限られたサービスから、お金にまつわるすべてのことをアプリを通して個人が最適化できるようなサービスへの姿を変えるはずだ。

-執筆: Anish Acharya、Sumeet Singh

業務のコスト効率アップ

銀行で幅広く生成AIツールが使われるようになった未来の世界では、Sallyはいつでもお金を借りられるようになるはずだ。だから、家を買うと決めた瞬間に、事前に承認された住宅ローンを受けることができる。

しかし残念ながら、この世界はまだやってきていない。それには主に3つの理由がある。

  • 第一に、消費者情報は複数の異なるデータベースに点在している。だから、クロスセリングや消費者ニーズの予測がとても難しい。
  • 第二に、金融サービスにお金を払う場合にはたいていあれこれと考え悩んだ末に感情で判断する。その判断プロセスは複雑で自動化しにくい。だから、銀行は大人数の顧客サービスチームを抱え顧客の個々の状況に基づいてどの金融商品が最適かについて顧客の数多い質問に答えなければならなくなる。
  • 第三に、金融サービスは規制の厳しい業種である。したがって、貸し出しや事務処理を行う人間が今あるすべてのプロダクト(たとえば、住宅ローン)に関与して、複雑で煩雑な法律をきちんと守るようにしなければならない。

 

生成AIによって、複数の場所に点在するデータを集め、バラバラな個人の状況や事情とコンプライアンスに関わる煩雑な法律を理解するといった労働集約的な仕事が1000倍も効率的にできるようになる。ここに例を挙げてみよう:

  • 顧客サービス担当者:どの銀行でも、顧客の質問に答えるために数千人の顧客サービス担当者に銀行のプロダクトや関連するコンプライアンスのルールを細々と教えこむ必要がある。そこで、新しい顧客サービス担当者が入社したら、銀行内のすべての部署の過去10年間の顧客サービスコールを学習したLLMを利用できると想像してほしい。サービス担当はモデルを使ってどんな質問にもすぐに正しく答え、あらゆるプロダクトについて賢そうに話せるようになる。同時に学習時間も短縮できる。既存大手は、独自データや顧客固有の個人情報を守り、他社も使える汎用のLLMにそうした情報を学習させたくないはずだ。一方で新規参入企業は、創意工夫してデータセットを自力で構築しなければならない。
  • ローン担当者:ローン担当者はだいたい10を超える別々のシステムからデータを引っ張ってきて信用ファイルを作っている。生成AIモデルなら、すべてのシステムにあるデータを学習できるので、ローン担当者は顧客の名前さえあればすぐに信用ファイルを作れるようになる。と言っても、100%の精度を担保しようと思えばローン担当者はまだ必要になるものの、データ収集のプロセスははるかに効率よく正確にもなる。
  • 品質確保:銀行やフィンテック企業において、数多くの規制当局に完全に従えるようにすることがいわゆる品質確保の仕事の大半を占める。生的AIによってこのプロセスが劇的に短縮される可能性がある。たとえば、Vestaは、Fannie Mae(連邦住宅公庫:民間銀行から住宅ローンを買取り証券化することで住宅ローン市場を育成する政府機関)の販売指導要領を生成AIモデルに学習させることで、コンプライアンスの問題があれば即座に住宅ローン担当者に警告できるようになっている。規制にかかわる指導要領の多くは一般に公開されているので、新規参入者にとってはこれがチャンスになるかもしれない。とは言え、依然としてローンなどのワークフローを実際に握っている企業に本物の価値は蓄積されるだろう。

 

こうしたことすべてが、Sallyが住宅ローンを借りたいと思ったら即時に借りられるような未来へとつながるだろう。

–執筆:Angela Strange、Alex Rampell、Marc Andrusko

コンプライアンスの改善

未来のコンプライアンス部門では生成AIを取り入れることによって、年間8000億ドルから2兆ドルにも及ぶ資金の違法洗浄を防げる可能性がある。麻薬取引、組織犯罪、その他の不正行為は、ここ数十年で最も劇的に減少するだろう。

現在コンプライアンスに何十億ドルもの資金が投じられているが、違法な資金洗浄を止める効果はわずか3%である。コンプライアンスのソフトウェアはほとんど「ハードコード」なルールに基づいて開発されている。たとえば、コンプライアンス担当者が反マネーロンダリングシステムに「1万ドル以上の取引にフラグを立てる」といったルールを実行させたり、事前に決められた疑わしい活動を特定させたりできる。こうしたルールを取り入れても犯罪を完全に排除できるわけではなく、ほとんどの金融機関は偽フラグの立った取引情報で溢れかえり、そのすべてを調査しなければならない法的な責任を負うことになる。コンプライアンス部門の社員は、フラグの立った取引をひとつひとつ調査するために、異なるシステムや部門から顧客情報を収集するのに多くの時間を費やしている。金融機関は多額の罰金を避けるために数千人を雇用し、その数が社員全体の1割を超えることも珍しくない。

生成AIを活用した未来では次のことが可能になるかもしれない:

  • 効率のいいスクリーニング:生成AIモデルを使えば、異なるシステムに点在する重要な情報をすばやく収集してコンプライアンス担当者に届けることが可能になる。これで、コンプライアンス担当者は問題のある取引かどうかをより素早く判断できるようになる。
  • より正確な資金洗浄者の割り出し:ここで、過去10年分の疑わしい取引報告(SARs)を学習したモデルを思い浮かべてほしい。資金洗浄業者の特徴をモデルに教えこまずとも、AIが取引報告の中にある新たなパターンを検出し、誰が資金洗浄業者に当たるかを自ら定義できるようになる。
  • より迅速な記録の分析:コンプライアンス部門は、企業の内部ポリシーと手順が遵守され、規制にも従っていることを担保する責任がある。生成AIは、契約、報告書、メールなど大量の記録を分析し、さらなる調査が必要になりそうな問題や懸念事項を特定できる。
  • 研修と教育:生成AIを使って、研修素材を開発し、現実に起こり得るシナリオを作り出して、コンプライアンス担当者にベストプラクティスを教えたり、潜在的なリスクやコンプライアンスに反する行動をどう特定するかを教えることができる。

 

新規参入者は、一般に公開されたコンプライアンスデータを数十もの機関から自分たちで集め、検索と統合をより速く使いやすいように工夫できる。既存大手は長年にわたって集めたデータを持っているので有利だが、適切に情報保護ができるようにそれをデザインしなければならない。コンプライアンス部門は昔からずっと、古臭いテクノロジーを使って膨張していくコストセンターと見なされている。生成AIはそれを変えるだろう。

–執筆:Angela Strange、Joe Schmidt

リスク管理の向上

ArchegosやLondon Whaleと言えばギリシャ神話に出てくる生き物のようだが、どちらも世界最大級の銀行に数十億ドルもの損失をもたらした、代表的なリスク管理の失敗例である。最近起きたSilicon Valley Bankの破綻を見ても、多くの大手金融機関にとっていまだにリスク管理がいかに難題であるかがよくわかる。

AIが進歩しても信用や市場や流動性やオペレーションのリスクを完全に取り除くことはできないが、金融機関がこうした不可避のリスクをより素早く特定し、そのための計画を立て、対応するためにこのテクノロジーが大いに役立つはずだ。具体的には、以下の領域でAIがリスク管理をより効率よく行う役に立つことは間違いない:

  • 自然言語処理:ChatGPTのようなLLMモデルは、ニュース記事、市場レポート、アナリストのリサーチといった大量の非構造化データを処理するのに役立ち、市場やカウンターパーティリスクを包括的に見せてくれる助けになる。
  • リアルタイムのインサイト:市場環境、地政学的な事件、そのほかリスク要因を即座に見通すことができれば、変化する環境により素早く適応できるようになる。
  • 予測分析:これまでよりもかなり複雑な予測を立て、早めに警告を発することができれば、事業のエクスポージャーを前もって管理する助けになる。
  • 統合:異なるシステムを統合し、AIを使って情報を合成できれば、リスク全体が見通しやすくなり、リスク管理のプロセスもスリム化できる。

 

–執筆:David Haber、Marc Andrusko

金融のよりダイナミックな予測と報告

LLMは質問に答える助けになるだけでなく、金融サービスチームが日々のワークフローを簡素化し、内部プロセスを改善するのにも役に立つ。財務はほかのほぼすべての面で進歩しているのに、日々のワークフローはいまだに人間のインプットを要するExcelやメールやビジネスインテリジェンスツールといった人手のかかるプロセスが中心だ。データサイエンスのスキル不足のせいで、基本タスクはまだ自動化されていないのが現状だ。このため、本来なら社の方向性を決めるような戦略決定に集中しなければならないCFOとその直属スタッフが、煩雑な記録保持管理や報告タスクに多くの時間を費やしている。

大まかに言うと、生成AIは、こうしたチームがより多くの情報源からデータを取り込み、トレンドを掴み、予測と報告を導き出すプロセスを自動化する助けになる。いくつかの例を挙げると:

  • 予測:生成AIは、分析を自動化するためのExcel、SQL、BIといったツール内の数式やクエリの作成に役立てられる。さらに、こうしたツールを使ってパターンを認識したり、より広範囲のデータセットから複雑なシナリオを作ってどのようなインプットを与えたらより良い予測ができるかを提案したり、企業の意思決定に役立てるためにどうしたらそれらのモデルをより楽に取り入れられるかを教えてくれる。
  • 報告:今は社内外の報告書(たとえば取締役会資料、投資家レポート、週次ダッシュボードなど)からデータや分析を手作業で取り込むのに時間をかけているが、生成AIを使えばテキスト、チャート、グラフなどを自動生成でき、様々な例に合わせてこうした報告を作り出すことができる。
  • 会計と税務:会計チームも税務チームも、ルールを参照してそれにどう合わせたらいいかを考えるのに時間を費やしている。生成AIなら、税法や控除可能な項目について適切と思われる答えを生成し、要約し、提案できる。
  • 調達と支払い:生成AIは、契約、発注書、請求書、リマインダーを自動生成したり調整したりするのに役立てられる。

 

ただし、現時点での生成AIのアウトプットの限界について、頭に留めておくことは大事だ。特に財務チームが必要としている判断力やピンポイントの答えが求められる分野では、限界がある。生成AIモデルの演算能力は上がり続けているものの、その正確さに100%頼りきることはできないし、少なくとも人間による見直しが必要になる。モデルは急速に進化しているし、さらに学習するデータが増え、計算モジュールによる補強能力が高まれば、新たな利用の可能性が開かれるだろう。

–執筆:Seema Amble

課題

ここに5つのトレンドを挙げたが、そのすべてにおいて生成AIの未来を現実のものにするためには、新規参入者も既存企業も次の2つの大きな課題を抱えている。

  1. 金融データを使ったLLMの学習:今のところLLMはインターネットによって学習されている。金融サービスでこれを利用するには、ユースケース特有の金融データを使ってモデルを調整することが必要になる。新規参入者はおそらく、上場企業の財務諸表や規制通達そのほかの手に入れやすい公開金融データを使ってモデルの精緻化に取り組むだろう。そうやってデータを収集しながらそのうちに、独自のデータを使うようになる。既存のプレーヤー、たとえば銀行や金融サービス機能を持つ大規模なプラットフォーム(例:Lyft)は、公開データも独自のデータも活用できるため、はじめのうちは有利だろう。だが、既存の金融サービス企業は保守的すぎて大きな枠組みの変化をすぐに受け入れられない傾向がある。このことが既得権益のない新規参入者に有利に働くと我々は考えている。
  1. モデル出力の精度:お金についての問いにどう答えるかは個人や企業や社会に大きな影響を与えるため、こうした新しいAIモデルにはできる限りの正確さが求められる。税金や財務の健全性といった重要な問いに対して、いかにも自信満々に間違った答えを出したり出まかせを言うようなことがあってはならない。人気のあるカルチャーについての質問やよくある高校のエッセイに対応する時よりもはるかに正確でなければならない。はじめのうちは、AIが生成する答えを人間が確認することになるだろう。

 

生成AIの誕生は金融サービス企業にとって劇的なプラットフォームの変化だと言える。生成AIによって、顧客ソリューションはパーソナル化され、オペレーションのコスト効率が上がり、コンプライアンスが改善され、リスク管理が向上し、予測と報告はよりダイナミックになる可能性がある。新規参入者と既存企業は、先ほど述べた2つの大きな課題を乗り越えて優位に立つために奮闘するだろう。誰が勝つかはまだわからないが、ひとつはっきりしていることがある。それは、未来の金融サービスを使う消費者も勝者だということだ。